2010年5月18日火曜日

さてさて・・・


辞表を提出した翌日、オーナーから8月退社の許可がすんなり下りた。まるで拍子抜け・・・です。もっといろいろな展開を予想し、身構えていたのがすっかり空周りです。
でもこれで本格的に大手を振って次の店の準備に取り掛かれる・・・というもの。

2010年5月13日木曜日

辞表


・・・を提示しました。オーナーは「10月まで待て」と言いましたが、僕は「行く先のオープンが決まっているので」と8月退社を通しました。今後オーナーがどのように反応するか分かりません。昨日の時点では「保留」ということです。留保されても、こちらとしては前に進むしかないわけで、色々と住居の契約解除などやらなければならない事をはじめていきます。
それにしても、ドイツに来てまた転職することになるなんて、日本にいた時にはもちろん考えもしなかった。40にして・・・という年齢的な面からしても、そんな転機がまだあるとは・・・、人生分からないものです。
もともと僕は沖縄に住みたかった。南国の陽気な陽の光の中で波の音を聞きながら・・・そんな夢があったのですが、現実ではどんどんと北へ向かっている。不思議なもんだ。それでもようやく海の近くには辿りついた訳ですけれど。

2010年5月12日水曜日

Kiel

現地視察・・・です。中央駅を出るとすぐそこが港。すぐ先にある豪華客船はフィンランド行きだそうです。空は生憎の曇り空。

中央駅前の広場では反右翼デモが開かれていました。ということはつまりこれに反する右翼も来ている可能性があるということ。何やら着くなり物々しい騒ぎでした。

Kielはもともとドイツ軍の軍港として栄えた町。それゆえに第二次大戦で徹底的に空爆されて、元の町並みは全く現存していません。唯一当時のままを復元したのが、このオペラ座と市庁舎。赤レンガの美しい建物でした。



この日、オーナーとKielの街を視察しました。まずは街の青空市場、旧市街、繁華街、評判のレストランの視察、出店予定の物件視察。一泊二日の強行スケジュール。

結論から言うと、僕はKiel行きを決断しました。
まずこの街ではまだまだ日本食が未開拓であるという事実、本物の美味しさを知らない事への需要の可能性。そしてインテリ層、裕福層の健康志向が日本食を取り入れていること。要するに成功する可能性を多く秘めているということ。
さらに根本的に揺るぎなくさせた決意の理由は

① オーナーの真摯な取り組み姿勢と私への信頼。
② 妻と家族の理解

・・・これでした。
翌朝、僕は今のオーナーに辞表を出します。前に進むしかない。

2010年5月3日月曜日

岐路

長らく更新していませんでしたが、色々ありまして、色々考えるところが多く・・・。
いわゆる人生の岐路に今、立っています。
ここにきて、転職の話です。去年の夏にも行動を起こしましたが、結果的に実りはなく、店が忙しくなってそれ所でもなくなっていったのですが、人間望み続けると、やはり何かしら流れに変化が生まれるもののようです。

Keilにて新規オープン予定のオーナーから、「是非うちに来て寿司をやってもらいたい」と、今日言って頂きました。わざわざKielから来ていただいて、お客として席についていただき、僕の仕事ぶりを拝見しながら食事をしていただき、終業してから近くのBarでお話しを聞きました。とても熱心に、真剣に日本食レストランを立ち上げようとされていて、その熱意がひしひしと伝わってきて、是非僕もそれに賛同して協力したい、と思いました。

しかし今の店も無下に放り出すこともできず、今夜、…悩みこみます。
何もなければ、喜んで真っ先に向かう所存。自分にできる可能性に掛けて邁進するのみ。

しかし僕は妻帯者。そして日本人としての…というか日本人だからこそのしがらみに、今のオーナーとのつながりとか、子供の学校のことやなんかを踏まえて、いろいろ考えてしまうのです。悩みどころ…。でもこれはチャンスなんですよね。

Kielに行きたい。それが僕の本音。それにどうやって周りの環境を整えるか…なんです。